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2003年6月8日(日) 酒井フクミ 享年51歳
大腸癌を再発させ、ホスピスで短い一生を閉じた。
働き者で、宝石店の奥さんだったのに、のんびりしているのがいやだからと伊勢海老の加工工場に勤めた時に、機械に指を巻き込んで切断する事故に遭い、それでも明るく生きてきた。
二人の子供を医療の現場に送り込み、夫を終始立続け、日本の母の鑑のような女性だった。
いつも自分のことより人のことを考える人だった。
色んなことを乗り越えて、やっと夫と二人の暮らしを楽しめるこれからと言う時の死だった。
夫君は、柔和な笑顔を絶やさない温厚な人だけれど、葬儀の場では、涙を抑えることはせず、お別れの時には、「慟哭」の二文字しか当てはまらない身体いっぱいの嘆きで、彼女の死も痛ましいが、夫君のこれからが痛々しかった。
安らかに。
2003年6月10日(火) またも
葬儀。
土曜に酒井さんを見送り、明日また、知人の御尊父。
喪服、クリーニングに出さなくてよかったよ。

他人の葬儀に列席するたびに、自分の葬式の企画を考えるこのごろ。
人のイベントばっか企画してる身だから、一生に一度くらい自分のイベントを企画してもバチ当たらんでしょう。

無信心なので、宗教色は一切なし。
列席者には、一輪ずつお花を手向けていただき、好きな曲を流してもらおう。
出棺の時には、おねがいだから、Never Walkを演奏してね。

さあ、曲選びしなくちゃ。
やっぱ、Malagaは、はずせないよな。
なんて話してたら、隆司が「そんな曲流したら、おかあはん、生き返ってきそうや」

生き返ったらいやなんかい!

という前に、列席してくれる人ってあるのかしら。(^^;;
2003年6月11日(水) 献体
葬式ネタが続くけど、死後は献体したいと思ってる。
本人が登録しても、親族に一人でも同意できない人がいると献体させてもらえないそうなので、そろそろ意志表明もして納得してもらわねばと思い始めた。
私が、献体したいと思い始めたのは、数年前に俳句仲間の葬儀に参列したことがきっかけ。
シンプルな葬儀のあと、通常なら火葬場に向けて出発する霊柩車の代わりにやって来たのは、阪大の白菊会の寝台車だった。
遺族に対して、代表の丁重な挨拶のあと、学生たちの手で棺が乗せられ、出発して行く車を見送りながら、お別れというより「いってらっしゃい」と門出を見送るような気持ちになれた。
きっと、宗教に入っている人なら、自然に「いってらっしゃい」という気持ちにもなるのかもしれないけれど、私は何しろ無信心なものだから、「死んだら終わり」としか思えなくて、骸になってからもまだ一働きできるなんて、夢が繋げるじゃない。
献体した人の葬儀があんなにステキなものだとは思わなかったものだから、あれ以来、ずっと憧れ続けている。

もっとも、自分の父親が亡くなった時には、とても特殊なガンだったので、「研究解剖させてほしい」という病院からの依頼を「生前あれだけ切り刻まれたんだから、もう勘弁してあげてください」と、お断りしたんだけど。
ん〜、もしかしたら、あの時に医学のお役に立てなかったことが、今も後ろめたさになって引っ掛かっているせいもあるかもね。
あれはあれで間違ってなかったとは思ってはいる。「病院が解剖させてほしいとおっしゃってるけど」と相談してきた母は、当時49歳。そんな年齢で未亡人になった母の気持ちを思うと、静かに見送りたかった。
だから、私がいつ命を閉じるのかはわからないけれど、果たして家族や親族が快く献体に応じてくれるかどうかは、その時になってみないとわからないとも思ってる。

あれこれ調べてると、献体が不足していたのは、はるか昔のことで、最近はダブつき気味だそうなんだ。
ほぉ〜、意識の高い人が増えたのね。と、思いきや、献体登録が増えている背景はもっと別のところにあった。
献体すると、葬儀をしないで引き取ってもらえ、おまけに2〜3年後にちゃんと火葬してからお骨を返してもらえるので、費用がかからないからというのが、その理由...うわ...。
私は、マイプラン葬儀をしてもらうつもりだけど、火葬代がかからないとなったら、「それはお得!」と賛成してくれる人が増えるかも..?? なんだか、それも寂しいような。
2003年6月14日(土) 1stショウ
67.75。
いいんじゃないですか。
2日目の今日は、68.75。このまま着々と積み上げていけますように。

kadoぽんのBBSで、私は一言、「プライド」と書かせてもらったけど、「プライド」の方向、持ち方・保ち方って、色んな形があって、「これじゃないといけない」ってのはないけど、自分のプライドは自分で裏付けるもので、他人と比べたり、外部からの評価で変化するものじゃないと思ってる。
そして、他人のプライドを不用意に傷つけちゃいけないとも。
いずれも難しくって、自分自身を振り返っても、何かと比較するほうがてっとり早いし、人からの評価に動揺したり、また、づかづか、人の心に踏み込んでしまったりするんだけどね。でも、そうやって他力が作用してる限り、それは本物のプライドじゃないんだろうね。

昨年、「会心のショウができた」と思ったのに5ポイントも下がり、誰もが「今日は、ぜんぜんイケてなかった」と落ち込むほどのショウだったのに、いきなりスコアアップし、そんな乱高下を繰り返しながら、結局最後まで、納得できるスコアを得ることのできなかった裕明たちは、DCIに対して、すごい不信感を持ってシーズンを終えた。
「生きていく上での理不尽さ」も覚えるいいきっかけになったのかもしれないけれど、「自分がしたことの正当な評価」を受けられるか否かで、プライドの方向も違ってくるよね。
帰国してからの裕明を見ていると、ある面、いいプライドを持てたと思うけれど、別の面では、とてもアイロニカルに見えた。
親としては、「あんな目にあったら、そりゃ、屈折しちゃうよね」という不憫さの募る身びいき感情も生まれてしまうんだけれど、願わくば、他人のプライドも尊重できる大きさを持てる大人になってほしいなというのが、今年の願い。
2003年6月22日(日) Happy Birthday
21歳おめでとうのメールをオフィス宛に送った。
プリントしたものを1〜5日間で届けてくれるそで。
今日が誕生日なんて、当の本人はもしかしたら忘れてるかもしれない。
21歳か..。早いね。
14の歳からMadison Scoutsに憧れ続けて、やっと昨年からメンバーになれたのに、今年はあと2ヵ月を切ったし、来年はもうエイジアウト。
あっと言う間だねぇ。
憧れていただけの頃と違って、現実を前にして苦しいこともたくさんあるだろうけれど、その分、大人になってるんだろね。
Scoutsは、5回目のショウからスコアが下降する一方で、今日はとうとう今期の最低点になっちゃった。
でも、きっと裕明のことだから、雰囲気盛り立てながら、笑顔でがんばってるだろなって思える。
「スコットさんがいないからこそ、僕は戻らんとあかんような気がする」と言った昨秋の一言を形にしてるだろな。
21歳の夏も、たくさんの思い出といい友達を作っていらっしゃいね。
2003年6月28日(土) 竹薮探検
朝10時出発で、島本へ。
商店街のイベントに使う笹竹100本を戴くことになって、その下見に行った。
「タダで竹100本くれ」という図々しいお願いの仲介をしてくれたのは、志田さん。
金光大阪以来、長いおつきあいだけど、人の為に動くことを厭わない人で、「この人に頼めば大丈夫」って存在だけに、頼りになるんだけど、つい甘え過ぎてしまうので、日頃は無理を言わないようにしてる。
昨年は、市内にある竹林を所有している「S工業」にお願いして、放りっぱなしになっている竹林から40本を戴いたんだけど、そのときのいきさつが色々とあって、今年もう一度、しかも昨年の1.5倍の本数でお願いするにはかなり面倒が起きそうだったので、思いきって志田さんに相談した。
実は、昨年も島本町に依頼したものの、こちらの日程の都合で、せっかく準備までしていただいていたのに依頼を取り下げたいきさつがあって、今年またお願いすることは、私としては、「一番したくない」ことだったんだけれど、「商店街と周辺自治会のために」とかなりの無理をお願いした。
さすがに気のいい志田さんも「う〜〜ん」と難しい返事だったけれど、結局「下見に来て」と言っていただき、昨日の竹薮探検となった。

島本には、会社をリタイアした人たちで作っている「竹工房」というグループがあり、竹炭を焼いたり、竹製品を作ったりして得た収益で、イベントを催したり、竹トンボや竹馬の指導を子供達にしたりしている。

この日も雨の中で竹炭の窯を世話している工房のみなさんに「こんな竹が欲しい」とお願いしたら、「それなら、あそこの林と○○さんのところの林から切らせてもらおう」とトントンと話が進んだ。
収穫日は7月3日。
「3日に動ける人誰かな?」という代表の声に次々に手が上がり、「場所さえ指示していただいたら、私たちでやります」と申し出たが、「よその人が入り込んでると勘違いされてもいかんから、私らがおったほうがええですよ」と言っていただいて、結局、3日は、朝から竹工房の皆さんが100本分を切り出して下さって、私たちは引き取りに行くだけということになった。
相変わらずの島本町の人たちの人のよさを感じて、無理を言ったことにいっそう恐縮してしまったが、夏のイベントにいらっしゃいと言っていただいて、これを機に、西宮と島本町の交流をしましょうという話も出て、別の面では、いいきっかけになったかもと思ったりもする。
同行した商店街会長も、人の温かさと、ものごとの決定の早さにいたく感動した様子。
島本町万歳である。

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Akiary v.0.42