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2002年9月11日(水) 9.11
2年ぶりに六甲道に行った。
JR六甲道駅から国道2号までの通りの西側に立ち並んでいた仮設店舗はきれいになくなって、大きなビルが建ち並び、再開発計画のビル工事がけたたましい音を立てて進んでいた。
7年前には、何もかもがなくなった場所。確かに「グランド・ゼロ」はここにもあったのだ。
直後、子供の自転車を借りて2時間がかりで元町の会社まで走る途中に、廃虚のようになったここを通りながら泣き続けた。
あの時、全てのガラスが落ちて斜めになった建物の中からブラインドがぶらさがっていた「グランド六甲」が再建され、何ごともなかったかのように建ち並んでいる街を眺めながら、また涙がにじんできた。
ふと細い裏通りに目を向ければ、まだ空き地のままの場所がいくつも見えてハッとする。
ホームで電車待ちをしている間に通過する貨物列車の震動に身を凍らせる。
私の中では、震災はいつまでたっても終わらないような気がしている。
失った物の少ない私でさえこうなのだから、家や家族を失った人の心が癒える日はあるのだろうか。

ニューヨークの9.11から1年。
そびえていたWTCは跡形もなくなり、「こんな狭いところだったのか?」と思うような跡地だけが残っている。
「こんな狭い、小さなところ」なのに、遺した傷は大きすぎる。
アメリカが安らげる日はあるのだろうか。
報復を繰り返す中から安らぎの日が見つかるとは思えないのだけれど。

ドジャーズの石井投手が打球を前頭部に受けて負傷した後の試合で、メンバー全員が石井投手の背番号17をキャップにつけて試合に臨んでいる様子が報道されていた。
こういう表現のしかたをするアメリカ人が大好きだ。
ストレートに表現する人たちだから、悲しみが怒りに転化しやすいのかもしれないけれど、自らの怒りがまたどこかで誰かの悲しみを呼び、それ繰り返している地球人を、宇宙のどこかから苦笑して見ている誰かがいるかもしれない。

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Akiary v.0.42