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2002年5月17日(金) Kさん
宝塚歌劇出身でダンス・バレエ・ヨガのスタジオを昨年から開いたKさんに会った。
彼女は、宝塚に5年在籍の後、退団。やがて結婚・出産し、夫の反対にあって、ダンスからも音楽からも遠ざかっていた時期があったそうだが、「もう私は踊らない」と決めた日は、泣きながらレオタードやダンスシューズを捨てたという。
子育ての中で、教えて欲しいという人から請われるままにダンス・バレエ・ピアノを教えているうちに、また踊る生活を取り戻したのだが、震災でローンの残った家を失ってしまう。バイク事故を繰り返す夫の代わりに外に出て働くことになるが、宝塚出身と言えば華やかそうに聞こえるものの、所詮は中卒。学歴でも年齢制限でも、彼女は企業が求める資格を満たせなかった。
昼間はウェイトレス、夜はレストランのキッチンでアルバイトをして一日中働いていても、収入はしれている。
結局、少しでも高収入を得るために、ペンキ工場で塗料のドラム缶への充填作業に就く。
揮発油のせいで、朦朧としながら、「これは続かないかも」と思いつつ、結局、フォークリフトの免許を取って、現場の第一線に立つようになる。
ここで彼女が言ったこと。
「面接の時に言われたんです。『宝塚にいた人がこんな工場で続くはずがない』って。だから、ぜったいに続けてやる!と思ったの。私は、人が出来てるんやから、自分が出来ないはずはないと思ったんです。フォークの免許を取ったのは、充填するドラム缶を自分で動かしたいと思っただけで。その度に作業をしている男性の手を止めさせて、フォークを動かしてもらわないといけなかったので、忙しい時は、その人の作業がキリのつくまで待ってないといけなかったんです。それがいやで、会社からは費用は出せないと言われましたが、自費で免許取って来ました」
一人前に仕事が出来るようになってから、彼女は体を壊すギリギリの限界のところでその会社を辞め、ようやく夫からも理解を得て、現在のスタジオを始めたのだった。
このスタジオではステージを設けた発表会というものを持たない。
「発表会をすると、どうしてもそのために子供に振りを覚えさせようと言葉を荒げてみたり、主役と脇役の差を作らざるを得ないし、『踊る楽しさ』から離れてしまうから」と、「交流会」と名付けた、普段の練習の成果を披露するだけのスタジオ内での『お披露目会』だけを行っている。
「おけいこごとだから、習う人が自分に合ったところを選べばいいんです。例えば、塾にも大人数の進学塾もあれば、少人数の補習教室もある。あるいは、個別指導や家庭教師の方が、よく勉強できるという子もいる。私は、大人も子供も自分のペースで練習して、自分が出来なかったことを出来るようになった達成感を持てればいいと思ってます。子供を競わせる方がいい人はそういう教室に行けばいいんです」という彼女は、夫のことについても、
「バイクで死ねたら本望という人なので、やりたいことをやらせなかったと後悔するより、もしもそのために命を落とすことになっても、やりたいことをやって逝きはったんやなと思えます」という人。

宝塚というレッテルを貼られながら、「宝塚というところは、公演のたびに、外部から何人もの先生を呼んで、指導してもらうので、すごく勉強になるんです」と、ご本人は教育機関として完全に割り切っているようだ。
自分をまず大切にし、人を大切にする彼女の姿勢が、会話の随所に表れて、気持ちのいい時間を過ごせた。
2002年5月23日(木) 子供
世界中に日本外交の低レベルを晒すことになった件の事件から半月、北朝鮮から逃げ出した親子5人が韓国へ渡れた。
今朝、報道を見ていたのだが、在中日本領事館に駆け込む前に撮影した映像が流れていた。
家族で歌を歌って励ましあっているシーンの中で、幼女の表情にひきつけられてしまった。
領事館前で投げ飛ばされた時の泣き顔のショットが世界中を駆け巡ったあの幼女だ。
感極まって涙をこぼす母親を幼女がハッと驚いたような顔で凝視したかと思うと、母親の頬を伝う涙を両手でぬぐってあげているのだ。
幼女の名前はハンミちゃん、まだ2歳。
生まれた時から、逃亡・送還・再逃亡の繰り返しで、時には親と別れて過ごさなければいけなかった暮らしの中で育った彼女が、その小さな体にどれほどのものを抱えこんでしまっているのか想像もできないけれど、ふと、ハンミちゃんがいたから、お母さんはがんばれたのではないかなと思った。
小さいけれど、大きな力を与えてくれるのが子供だと、我が身を振り返りつつ。
2002年5月27日(月) 読者のメールから
清さんの「発表会」の考え方とまったく同じ意見をもって1年半前から少年野球チームをやっています。
対外試合をやらないけれど全員がしっかりと野球をやれる内容を重視した小学生の集まりです。

対外試合がないのが奇異に捉えられますが、試合での結果を考えずにその子、その子の今、そしてその先を見据えて長い目で見てやれるので教える側も余裕をもって指導できます。

週末の大会等がないので塾との兼ね合いもまったくフリーです。
来れるときに来る、それでOKです。
そのかわりまた来たくなるように指導します。

親の負担(当番他)もありません。
つまり子供にも大人にもストレスのないチームです。
それ以上を求めるのなら他のチームへ行ってください。
という点も清さんと同じ意見です。

親のエゴとは無縁のチームです。
子供のスポーツチームでこんなところは、ほとんどないみたいです。
ですから、今朝の記事を読んでとってもうれしくて、やっぱりこんな人がいるんだ!と気持ちがよかった。

口コミで32名の小学生が集まりました。
今日の記事を読んで共鳴されてる親御さんは、たくさんおられるはずです。

清さんのご成功をお祈りします。
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本日発刊の「な〜る」のTopics記事にこんなメールが来たです。
情報紙やってると色んな反響がありますが、やはりこんな反響をいただいた時が一番うれしいです。
儲けも薄く、家族を巻き込んで、わがままにやらせてもらってる仕事だけど、やっぱりやめられん。
2002年5月29日(水) 燃えないゴミの日
朝から、カンやビンがごっそりとステーションに。
毎週水曜日、決まって現れるのは、自転車の前後ろに大きな袋をくくりつけたおぢさん。
ステーションのワゴンをひとしきり漁って、めぼしい物をもうすでに満杯になってる袋に詰め込んで行った。
きっと、アルミ缶を売って暮らしてるんだね。
で、一人が去ったあと、またもう一人。
「しまった、先を越された...」と言わんばかりに、ワゴンの中をちらっと覗いて、自転車を止めもせず去って行った。
カンをめぐる争奪戦。
ここにも生き残るための競争があるんだなぁと、「生きてる」人に拍手を送りたくなった。

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Akiary v.0.42